ヒトの嗅覚、実はイヌ並み!?:神話を覆す研究報告

2017-12-21 7:39 管理者:  Mashi

   ヒトとイヌ、どちらの嗅覚がすぐれていると思いますか? ほとんどの人はイヌと答えるでしょう。実際、麻薬犬、警察犬、がん探知犬など、ヒトの嗅覚とはかけ離れた能力を持っているように見えます。ところが最近、アメリカ・ラトガ−ス大学のマクガン博士が、「ヒトの嗅覚はネズミやイヌ並みに鋭い」とする研究報告を科学誌サイエンスに掲載しました。ヒトの嗅覚が劣っているという、100年ほど前から考えられてきた神話、俗説、誤解をもたらした研究や歴史的文献を見直した結果です。


   ヒトの嗅覚は貧弱だとする「俗説」の出どころは、フランスの脳外科医で人類学者のブローカ氏であり、彼は1879年の論文の中で、人間の脳の中で嗅覚野(嗅球)の容積が小さいこと(嗅球の脳全体に占める体積比)を述べています(ネズミの嗅球比は2%、イヌは0.31%、ヒトは0.01%)。このことから、人間はイヌや他の動物のように生きるために嗅覚に依存する必要はなく、自由意志を持ち生きていると主張しました。マクガン博士によると、「嗅覚に支配されていては理性的な人間にはなれないというのが、長年の文化的信念になっている。嗅覚は世俗的で動物的な傾向と関連付けられていた」と指摘しています。実際当コラムでも述べましたが、嗅覚や鼻に関することわざ、慣用句には印象の良くないものが何故か多いです(ファ−ジ−な嗅覚がもたらす諺・慣用句の数々;なぜ印象の良くない諺・慣用句が多いのか?2014-6-22)。


   では嗅球比から考えられていた嗅覚の優劣について考えてみましょう。嗅覚のしくみは、嗅上皮での受容、嗅球を経由しての情報伝達、脳における情報処理の大きく分けて3段階があり、各段階それぞれの優劣が結果として嗅覚の優劣、強弱に反映されます。特に嗅上皮での匂い物質に対する反応は重要であり、それは嗅覚受容体に依存しています。


   一般に、多種類の匂いをかぎ分ける能力は、嗅覚受容体の種類の多さ、すなわち嗅覚受容体遺伝子数の多寡で決まってきます(ヒトは396個、イヌは811個、コラム2013-12-3)。一方、嗅覚の鋭さ、かすかな匂いもかぎとる鋭敏さは、嗅上皮の嗅細胞数(嗅神経数)に依存しています。嗅細胞数の多寡は嗅上皮の大きさに反映され、それは嗅細胞(嗅神経)の入力先で、嗅覚情報の処理に関わる脳組織である嗅球の大きさにも反映されてきます。マクガン氏によると、ヒトは、大脳が大き過ぎるので嗅球比は低いが、他の哺乳類と比べてほぼ同数の嗅神経細胞を持っており、大きな差はないと述べています。


   結局、嗅覚に関するヒトとイヌとの間の違いは、特定のにおいに対する感受性の差に帰する可能性があります。このことは、ヒトという同一種内でも、感じる匂いの種類や強さは大きく異なっていること(コラム2014-6-26, 匂いに鈍感な人はどのくらいいるのでしょう?;誰もが知らずに何らかの特異的無嗅覚症(嗅盲)!?)からも想像できます。イヌは、汗や尿の匂いにはとても敏感ですが、バナナの香りには鈍いようです。ヒトのようにワインの銘柄を区別することもできないかもしれません。イヌの嗅覚の鋭さは、特定の匂いに対する鋭敏さが強調され過ぎてきた結果だと思われます。ヒトとイヌでは、嗅覚遺伝子数で約2倍の差、嗅細胞数はほぼ同じだとすると、本来そう大きな嗅覚の差はないのかもしれません。(by Mashi)


参考文献:John P. McGann, Poor human olfaction is a 19th-century myth. Science ( 2017):Vol. 356, Issue 6338, eaam7263  DOI: 10.1126/science.aam7263
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ヒトとイヌでは大きな嗅覚の差はない
ヒトとイヌでは大きな嗅覚の差はない