深海にひろがる鏡の向こうの異世界:D型アミノ酸が支配する原始の海!?

2017-8-26 7:14 管理者:  Mashi

   テレビが普及する前だった少年時代には、映画をよく見に行った。ジュ−ル・ヴェルヌが書いたSF冒険小説を映画化した「海底二万海里」にも心を躍らせた。時を経て高齢者になった今、再び海底の世界に心を躍らせている。「鏡の国のアリス」が鏡の向こうに異世界を見たように、鏡の向こうの深海には、L型アミノ酸ではなく、D型アミノ酸という異世界があるようです(図参照)。


   アミノ酸を合成すると、化学式、化学的性質は同じですが立体構造の異なる鏡像異性体(右手と左手のような関係)のL型とD型ができます。しかしながら私達のような地上の生命体は、通常L-アミノ酸を選択的に用いています。一方、コラムでもご紹介したように(身体の蛋白質となるL-アミノ酸、神経を制御するD-アミノ酸、2016-10-14)、脊椎動物の体内にもD-アミノ酸は微量ながら存在し、重要な機能を持っていることが最近明らかになりつつあります(一部の微生物がD-アミノ酸を作ることは以前より知られています)。今回は、海洋研究開発機構と京都大学が、有人潜水調査船「しんかい6500」や無人探査機等により、深海からD-アミノ酸を好んで取り込み、増殖する微生物を採取した研究をご紹介します。


   研究グループは、相模湾の水深800〜1500mから採取した深海堆積物から、D-アミノ酸を利用して増殖する微生物を計28株分離することに成功しました。そのD-アミノ酸を利用する能力を、浅海から単離された近縁微生物株と比較したところ、深海から単離した微生物(Nautella属)のみが効率良くD-アミノ酸を利用することが明らかになりました。生物が一般的に生産、利用するL-アミノ酸ではなく、鏡像異性体であるD-アミノ酸をわざわざ選んで取り込むという驚くべき異世界があったのです。


   また深海微生物によるアミノ酸の取り込みを調べた研究では、採取深度が深くなるにつれてD-アミノ酸の取り込み量が増大することも分かりました。太古の時代には、L-アミノ酸を利用する生物とD-アミノ酸を利用する生物が存在したが、D-アミノ酸利用生物は次第に劣勢となり、深海のような淵に追いやられたのかも知れません。あるいは、深海のような栄養に乏しい極限環境で生き残るための生存戦略として獲得された可能性もあるかも知れません。いずれにせよ深海には、原始の海を想像させるような異世界が存在しているようです。


   鏡の向こうの異世界という例は、「アリス」や「深海」だけではなく「宇宙」にもあります。私達が当たり前のように接している「物質」ですが、鏡の向こうには「反物質」があります。「物質」と「反物質」は鏡のように性質が逆(質量とスピンが全く同じで、構成する素粒子の電荷などが全く逆の性質を持つ)で、「物質」と「反物質」が衝突すると両者共に消滅します。では「反物質」がどうしてわれわれの住む宇宙ではほとんど存在していないのでしょうか?それは近年明らかになった「物質と反物質の寿命がわずかに異なる」ということがヒントになります。初期宇宙の混沌とした「物質」と「反物質」の生成と消滅という繰り返しの中で、寿命の少し短い「反物質」が消滅し「物質」だけが残り、やがて宇宙は「物質」だけで構成されるようになった、と説明されています。当たり前のように思っている世界も、鏡の向こうには異世界が存在しているようです。(by Mashi)


参考文献:Takaaki Kubota et al., Enantioselective utilization of D-amino acids by deep-sea microorganisms. Front. Microbiol.,(2016)  https://doi.org/10.3389/fmicb.2016.00511
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鏡の向こうの異世界
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